Monthly archives: 8月, 2020

トレーニングより休養と栄養補給

ランニングすると痩せちゃうのであまりやらないようにしてるけど、やっぱりすると汗がドバッと出て気持ちいい。今日はラン+ウエイトでたっぷり動いた。真夜中のジムは貸し切りなので快適!

実はピアノはかなり筋肉を使う。女性のピアニストでも、よく見ると演奏中の腕の筋肉がアスリートのように洗練されているのが分かる。楽器演奏にもスポーツ的側面があるのだ。ギターもそう。身体を労わりながら少しずつ鍛えていくことが大切だ。

ところで体力作りや減量のために、この炎天下を走っている人を見かけるけど、あれは体力作りではなく完全に身体を破壊する行為だと思う。植物まで痛むほどの紫外線である。本人が気付かぬところで故障は起こる。体力作りは根性論ではなくロジカルにやるべきで、身体を壊しては元も子もない。お互いに気を付けましょう。

明日は珍しいピアノを弾く機会に恵まれた。なかなか生ピアノを弾く機会がないので楽しみだ。

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秋色

なっがい髪をカットしてパーマかけてカラーしてもらいました。中山さんいつもありがとう!このカラー剤大好きです。この色でパーマをかけると、フレンチな感じがしていいんですよ。そろそろ顔を出さないとみんなに顔を忘れられそうなのでパシャリ。

筋トレは+7.5キロ地点に。8月中にあと0.5キロ増やしたいけどいけるか…?体幹は結構安定感出てきました。下腹部のトレーニングはツラいけど、一番QOLに影響しそう。これからの変化が楽しみ。

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褒め上手

昔知り合いが「歯のメンテナンスに行かなきゃ」と言っていて、それまで歯のメンテナンスなんて概念の無かった僕は衝撃を受けた。どれくらいのペースで行くのか聞くと、「うーん、三ヶ月くらいかなぁ」と言うのである。なにそれカッコいい…。

不思議なカッコ良さを覚えた僕はその後歯医者を予約した。「メンテナンスで」と伝えると「あ、メンテナンスですね」と返された。その言葉がすんなり伝わったことに一種の快感を覚えた。

診察に行き「どれくらいのペースでメンテナンスされてるんですか?」と聞かれたので「まあ、三ヶ月くらいですかね」と答えるとすごく褒められた。歯科衛生士さんらが総立ちで拍手し、院長先生からは「君、若いのに見どころがあるな!」とお褒めの言葉を頂いた。たぶん。

ともあれこうして僕のメンテナンス人生がスタートした。歯医者に行くとすごく気持ちが良い。全部綺麗にしてもらえるし、点検してもらえるので精神的にも良い。一般的に歯医者さんは褒め上手だ。「綺麗にしてますね!いやーよく磨いてるなぁ。でもちょっとだけ、ほんとにちょっとだけなんだけど、ここだけね、きちんとやってくださいねぇ〜〜」とこんな調子である。本当はやんわりと注意されているのだが、やはり褒められると気分が良い。人は褒められて伸びるのだ。

ところで歯医者さんは保険外治療について結構ナーバスである。患者としては保険内でやってもらう方が金銭的にありがたいけど、歯医者さん的には保険外でもっといい治療があるのにと歯痒い思いをすることが多いらしい。「保険外治療なんて医者が儲かりたいだけだろ!保険内で全部済ませやがれキーッ」なんて言わずに、耳を傾けてみるといいのかもしれない。歯の治療は僕らが思ってるよりずっと進化しているのだ。

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習慣は作れる

前回は心配させるような記事になってしまったけど、こちら通常運行です。心配してくれた方、ありがとう。また楽しくブログ書いていきます。

さて髪が伸び伸びだ…人生で最も長くなっている。風呂上りは米津玄師のようになる。あれって絶対前見えてないよな…今週こそ切る!切ってカラーしてパーマするのだ。楽しみ。

去年憧れていたことが少しずつ自分のものとなってきている。やはり人は習慣の生き物であり、一度習慣付いてしまえばそのまま転がっていける。そして過去の自分がもう思い出せないくらいになるのだ。

人は習慣の生き物だと気付いてから、目標の立て方を変えた。「いついつまでにこういう目標を達成する!」という目標ではなく、「〇〇を習慣化する!」という立て方にしたのだ。一度習慣化してしまえば何でも出来る。とにかくやめないことが大切。

習慣化は子供の方がしやすい。これをやりなさいと言ったら、なんだかんだで子供はやるのだ。外の世界をあまり知らないことも大きい。しかし大人になると続けるのが難しい。僕は大人より子供の方が吸収力があるとは思わない。ただ継続の一点において、大人の方がハードルが高いのだ。逆にそこさえ押さえれば、大人でもどんどん新しいことを学ぶことが出来る。

習慣化の兆しが見えるのが三ヶ月。習慣化が完了したと言えるのが一年。これが僕なりの感覚だ。この期間はとにかく「やめないこと」を意識する方が良い。そういえば最初はそんなことで悩んでたなーという日は必ず来る。習慣で得られる力はお金では決して買えないほどパワフルだ。

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Dear my friend

海の向こうの友人の訃報を受けた。状況がまだよく分からないので詳しいことは書けないけど…

つい最近、近況を報告し合ったばかりだった。これを書いてる今、まだ現実味がなくボーッとしているので、ちょっと変な文章になるかもしれないけど、このまま寝ることも出来ないので書くことにする。

またこうやって、死はすぐそばにあるのだという真実を突きつけられた。だからこそ納得できる道に進み、後悔のない人生にしようと思って日々生きている。それでも…死に吸い寄せられることだってあるのだ。

これまで何度も孤独について書いてきたけど、みんなにはその意味を取り違えないで欲しい。人は結局のところ一人ぼっちである。それは人間の本質であるから、悲しいとかいう感情的な話よりもっと上の話である。

一人だからこそ、あなたの人生に誰も干渉する権利はないのである。あなたが誰かのために人生を費やしても、その誰かが責任を取ってくれなどしない。だからあなたも、何かに責任を強く感じる必要などない。あなたのことを責める人がいても、気に留めないで大丈夫だ。適当に済ませよう。「そんなのは逃げじゃないか!」「人としてどうかと思います」と言うならば、じゃあ君が私を養ってくれるのかい?言いたい奴には言わせておけ。私は私を最優先しなければならないのだ。

マレーシアやオーストラリアなど人種が雑多な国に行くと、みんな清々しいほど自分のことしか考えていない。それでいいのだ。その集合体が社会なのだから。自分に甘くあれ。他人にも甘くあれ。それくらいでようやく、ちょうど良いのだ。

彼は少し自分を責めすぎたのかもしれない…。今日はもう遅い。ただ明日は…彼に献杯し、彼のために何かを奏でることにしたい。同じ時代を生きたギタリストとして。

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キツネ

ジムで物凄いマッチョにいきなりヘッドロックをかまされた。という夢を見た。いやー死にかけた。

そういえば小さい頃、ドラゴンボールのフリーザに思いっきりお腹をパンチされた夢を見たけど、起きたら父親の足がお腹に載っていた。クレヨンしんちゃんかよ!

ところでたまにYouTubeで犬の動画を見て癒されているのだけど、昔うちで飼っていたチャッピーがわりとキツネに似ていたので、「キツネって飼えるのかな?」と思って調べてみた。

結論から言うと、飼うのは問題ないらしい。ただ、キツネは群れを作らないので、犬のように懐かないんだって。へぇーっ。犬は群れの中で序列を作り、上には媚びるように出来ているが、キツネにはそれがない。チャッピーもしたたかだったもんな。都合いい時だけシッポ振りやがってあの野郎(かわいい)。ともあれ、群れを作らずに家族単位で生活するってのは面白いなぁ。

でも動物を飼うってのは大変だね。家を空けられなくなっちゃうし。YouTubeで見るに留めておこう。

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ほんこわ

夏なのでちょっとこわーい話をしましょうかね。怖い話好きですか?え、むり?まあそう言わずに…

以前福岡の旧大名小で痛ましい事件があったのを覚えているだろうか。とあるIT講師が包丁で刺されてしまったのである。動機はネット上での逆恨みということであった。なんともやりきれない事件である。その後犯人は逮捕されようだが、なんとその犯人は九州大学文学部卒であった。10歳くらい上のようだが僕の直系の先輩ということになる。そういうこともあり、同級生の間でちょっとした語り種となっていた。

それからしばらく経ち、以前所属していた事務所にある放送局から僕宛に電話があったらしい。

社長が対応したのだけど、「放送局から電話だから、出演依頼かと思ったんだけど…取材だったのよね。大名小の事件について、逆瀬川剛史さんにお話を伺いたいって言われて。」

え?僕に?どうやらネットで九州大学文学部の人を検索していたようだ。確かにその頃、プロフィールに出身大学を記載していた。でも年代も違うし…役に立たないと思うけどなぁ。

「九州大学文学部卒業ですよね?って言われて。確かにそうですけどって答えたら…犯人について聞かせてくれって。知ってるはずだと。」

いや、全然知らないんですけど…何、何?どうなってんの?

「いやー今卒業名簿を見ていて、確かに逆瀬川剛史さんと同じ学年なんですけど…九州大学文学部ですよね?って」

??

「そしたらね…あれ?って。年齢が違うんですね。でもおかしいなぁって。」

「確かにいるんですよ。その学年にも逆瀬川剛史さんが…」

ヒョオオオェェェ…ナニソレ…怖いんですけど!

知っての通り僕の名前はかなり珍しい。逆瀬川だけでも珍しいけど、剛史という漢字の組み合わせもかなり珍しい。なんたって史の字はうちの父親の名前から引っ張ってきてるんだから。そういう由来がないと起こり得ない名前のはずである。Facebookで検索すると、僕とどこかの漁師の方しか出てこない。彼は元気だろうか…いやともかく、ちょっとゾッとした。

こんな珍しい名前が10年前の九大文学部にいたなんて。いや、本当にいたのだろうか?もしかしたら本当に僕のことだったのではないか?だとしたら…いやよそう。この科学の時代にそんな不可解なことなどありはしない。ただなんとなく…この話を書いてる今、後ろで誰かに見られているような気がするのだ。そしてあなたの後ろにも…

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始めたてが一番かっこ悪い

新しいことに挑戦すると何が大変かって、自分のかっこ悪さと向き合わなきゃいけないことである。ある分野ではいかにプロでも、別の分野では初心者であり、とても頼りなく見えるものだ。

だけどその頼りない感じ、新しく何かの初心者になり、情けない姿を晒す感覚はとても大事だと思う。更にそこで踏ん張って、その何かを達成することはもっと大事だ。

人は本能的に変化を遠ざけるように出来ているから、努力する過程で諦める理由を考える。自分に合ってないんじゃないか?年齢的に遅いのではないか?体格的に向いてないのではないか?自分がやりたいこととズレているのではないか?本当に好きなことではないのではないか?

そして諦めて以前の生活に戻った時に、「やっぱりこの方が自分らしい」と自分を安心させるのだ。

もちろんその選択肢が正しいこともある。その人の人生だから、本人がそれで良ければ良い。ただ、人間にはこのように「変化を望まない本能」があるのだと知っておくことは、何かを達成する上でかなり効いてくる。

語学でも楽器でもスポーツでも、始めたての時は情けない姿をたくさん見せる。そういうものである。過去の自分は今の自分を引きずり下ろそうと、いつでも誘っている。それを振り切って前に進めば、違う世界が見えてくる。過去の自分が見えなくなった時、そこが本当のスタートラインである。

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続・胃下垂

どうやら胃下垂治ったみたいです。朝起きて水を飲むと、今までよりも上の方で冷たさを感じる。明らかに胃の位置が上がっている…!笑

ネットで調べると、整体で治るとか色んなことが書いているけど、僕の場合は意外と単純な方法で治ったみたいです。芸能人でも胃下垂で困ってるモデルさん多いけど、教えてあげたい笑

さて筋トレは肩まわりはわりと出来上がってきたので、8月後半は体幹に集中して追い込みます。体幹は苦手意識があったけど今なら上手く鍛えられる気がする。体重はまた伸びはじめて、筋トレ開始時から数えてプラス8キロまで届きそうなところに来ました。プラス10キロまで行ったら少し絞って、あとは維持していく感じかな。私は一体何を目指しているのだ。

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ジョバンニの作曲センス

最近はずっとジョバンニアレヴィの曲を練習している。色んなピアニストの楽譜を取り寄せて弾いてはみるのだけど、結局ジョバンニの曲が一番弾きたくなる。彼の曲は作りが本当に独創的でワクワクする。

数年前、彼とゆっくり飲みながら色んな話が出来たことは、僕の人生の中でも大きな転換点になった。数々の質問にとても気さくに答えてくれた。その中の少しを紹介しよう。

作曲の時、常に楽譜に落とし込むのか?→昔は楽譜を書かなかったことも多かったけど、今では必ず楽譜に起こすようにしている。

ライブ中にアドリブ要素を入れることはあるか?→入れない。

ピアノ以外の曲を作ることはあるか?→オーケストラ、そしてギター曲も作っている。作曲家だからね。

Giochi D’Acquaという曲がお気に入りです→4/4拍子の曲が好きな人が多い中、そういう人は珍しいので、嬉しい。

ピアニストと呼ばれることについて→自分はピアニストではなく作曲家なのでそう呼んで欲しい。

印象に残っているのはこれくらいかなぁ。不思議なくらい考え方が似ていて、驚くことが多かった。

インタビューではついつい天才肌のぶっ飛んだピアニスト!みたいに紹介されることが多いけれど、それは全然違う。彼は彼なりの哲学に基づいて論理的に考えてるし、それを言葉で整理もしている。結局のところ、音楽をするにあたって材料もレシピも皆そう大差ない。セオリーの中にその人のちょっとしたクセが少し入り込み、その少しが最終的な印象を変えるに過ぎないのだ。

ところでいわゆるクラシック・ピアニストと作曲家のピアノプレイは全然違う。クラシック・ピアニストが必死に練習してる間に作曲家は曲を書いているので、技術的な差はどうしても出てくる。しかしそれでも、作曲家が自分の曲を弾いた時の説得力は、(たとえそれが技術的に劣るとしても)真に迫るものがある。それを知ってるからこそ僕は曲を作り続け、そして自分で弾くのだ。

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胃下垂

昔から胃下垂で困っていた。食事をすると胃が下の方で張るので、別に太っても無いのにお腹が出てるように見えるのだ。見た目もよろしくないが健康的にもよろしくないらしい。

色々調べてると、胃下垂は下腹部の筋肉を鍛えることで改善されると分かった。どうやら下腹部の筋肉、いわゆる骨盤底筋が弱いと胃を支える力が弱まり、結果的に胃が下の方にずれ込んでしまうのだとか。

それなら下腹部に力を入れたら一時的に治るのかしら?そう考えた僕は、思いっきり下腹部を凹ませてみた。皆が想像するよりももっと下の方を、皆が想像するよりもはるかに凹ませてみた。

すると胃にヌルッと変な感じがして…なんと胃の位置が上に移動したのである。つまり胃下垂が治った…!!

え?マジで?15年近く悩んでいた胃下垂がこんなことで治るの?押し上げられた胃は恐らくそのあるべき位置に戻り、下腹部のポッコリは無くなっていた。いやホントに驚きなんですけど…!!

すぐ元に戻るかと思ってしばらく観察していたけど今のところ戻っていない。確実に胃を動かしたようで、胃カメラを飲んだ後のような変な感じがする。大丈夫なのかな…とりあえず寝て、明日の朝また様子を見ることにしよう。

という真夜中の報告。なんだこれ。

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歴史

僕は結構な近代史ファンである。1870〜1950年くらいの歴史はどれも好きで、NHK「映像の世紀」は観た回数で言えば全国トップクラスだと思う。好きな漫画はかわぐちかいじ「ジパング」である。

よくよく考えると、この素地は小さい頃に作られたのかもしれない。父が教員であった我が家には「はだしのゲン」が全巻あり、小さい頃から何度も読んでいた。今思えば漢字や難しい言葉などは結構「はだしのゲン」から学んだような気がする。全セリフを覚えているし、悲しい部分だけでなくギャグ部分もあるので普通に漫画として楽しんでいた。というか最初はギャグ漫画だと思っていた。無知とは怖いものである。

ちなみに「はだしのゲン」ばかりが有名だが、我が家にはその下地となった「ゲキの河」や「黒い雨に打たれて」など他の中沢漫画も揃っていた。今思えばすごい環境である。反戦教育について父は何も語らなかったが、その環境は驚くほど強烈な基礎を僕の中に作った。

「はだしのゲン」の隣には日本の歴史図鑑のようなものが並んであり、実はこれも結構読んでいた。最初は縄文時代とかが面白いなーと思っていたのだけど、近代史の巻になると白黒の写真が増え、被爆された方の写真なども掲載されており、「はだしのゲン」の世界を別の角度から眺めることになった。学校の社会科資料集では得られない、強烈な体験だった。

大学で一番仲の良かった友人おのっちは、日本史の中でも近代史を専攻していてこの面でも話の合う友人だった。学生時代は二人でジパングについて語り合ったものである。(その後ジパングは無事に最終回を迎え僕は涙したが、彼の中では特別な感情は芽生えなかったらしいのが少し寂しかった…笑)

僕は特別な主義主張を持たないし、そもそも政治の話が好きではない。ほどほどに日本の誇りを持ち、ほどほどに国際感覚を持った普通の人間である。それでも8月は特別な気持ちになるし、ガダルカナルとかミッドウェーといった地名を聞くと気持ちがざわつく。僕の親世代ですら風化してる戦争の記憶が何故か僕の中にありありと生きている。これが教育なのだろう。

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